日本大學蕓術學部放送學科卒業後、1979年に徳間書店に入社。アニメージュ編集部に配屬され、以後12年間、同誌の編集をしていた。獨立後はメディアプロデューサーとして活動する。
1990年、上司だった鈴木敏夫にけしかけられて當時、コバルト文庫の看板作家としてミリオンセラーを連発していた氷室冴子を口説き落とし、ほぼ集英社の専屬狀態だった氷室にアニメージュで『海がきこえる』を連載させることに成功した。
次に実寫関係の出版物の部署に移り、飯田譲治監督の『NIGHT HEAD』(1992年)、巖井俊二監督の『undo』(1994年)や『PiCNiC』(1996年)などに関わる仕事をし、ゲームの製作にも少し攜わる。
その後、徳間書店の映像事業部部長に就任し、アニメーションの製作に攜わる。
2002年に『海がきこえる』で挿絵を擔當したアニメーターの近藤勝也から紹介された磯光雄監督の『電脳コイル』の企畫書に惚れ込み、アニメ化することを決意。バンダイビジュアルの協力を得てNHKエンタープライズに企畫を持ち込み、2007年にようやくNHK教育テレビでテレビアニメとして放送させることが出來た。
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