🛠️ 製作人員個人頁

簡介

奈良県出身。
東映動畫→舊スタジオZ→舊スタジオNo.1→スタジオZ→スタジオNo.1→スタジオのんまると→スクウェア(現スクウェア・エニックス)(金田伊功GREATに掲載の人物相関図およびインタビューより)
東映動畫の「魔法のマコちゃん」でデビュー。同期に佈告文がいる。(動畫王Vol.01より)

アニメ作畫界の革命児。
作畫マニアで金田の名前を知らない者がいないのは勿論のこと、特に作畫に入れ込んでいないアニメファンにもその名は知れ渡っている。それほどに彼のアニメートは派手で突拍子も無く、観客への訴求力が高い。

主にメカや人物のアクションシーンにおいて、掟破りと言えるほどの獨自の表現を開発。

大膽にパースを歪ませ、ダイナミックな迫力をかもし出す金田パース
手首足首を思いっきり曲がらせ、ジャンプすると必ずガニマタになる金田ポーズ
変則的なタイミングで、予測不可能な動きをする金田動き
ビームや爆発に凸凹のフォルムを塗す金田エフェクト
光の反射によるフレア現象を、円形の重ねで極端にディフォルメした金田光り

等・・・・。

これらの表現はあっという間に大勢のフォロワーを生み出し、80年代は數多くのアニメに金田フォロワーの活躍が見られた。
その筆頭に山下將仁、上妻晉作などがおり、個々による獨自の解釈を繰り返して金田系作畫は更なる発展を遂げていった。
過去のフォロワーが次第に金田系を脫卻し、90年代半ばにはあまり目にしなくなったが、
近年では今石洋之、小池健などの新たな世代の金田系アニメーターが出現し、再盛の兆しを見せつつある。

一方で金田伊功本人は、一時期3DCG方面に移行しようとしていた事がある。
劇場版「ファイナルファンタジー」などの製作に関わるようになり、そのままスクウェア(現スクウェア・エニックス)に入社したため、
手描きアニメから距離を置くようになってしまった。
しかしゲーム「半熟英雄対3D」のOPアニメーションで、手描きアニメーターとしての健在ぶりを見せ、
その後も同社ゲームの劇中アニメーションの製作に攜わるようになった。

晩年までスクウェア・エニックスに社員として在籍していたため、テレビアニメに関わる機會は極端に減っていたが、
インタビューでは一生、「一(いち)アニメーター」で行ければいいとの言葉も殘していた。

2009年7月21日 心筋梗塞のため死去。享年58(57歳)。多くのアニメ関係者や往年のファンたちが、早すぎる逝去を悼んだ。

參與作品 (0)

📭

目前沒有可顯示的作品。

💬 留言

留言載入中…

✏ 糾錯回報

🚩 發現資料有誤?登入後即可協助回報。